人生一度切り。例外はない「人間臨終図鑑」山田風太郎

もはや趣味といえるくらいに「ああ自分は、なんのために生きているのだろう。」と悩んできました。

あんまりにも空虚なので、加湿器から溢れる蒸気をみるたび、「こんな風にふっと消えてなくなれたら楽なのになあ」と感じます。

昨年、祖母が亡くなり、その呆気なさを見て改めて「人生ってなんなんだろう。」「生きるって、どういうことなのだろう。」という疑問が立ち上がりました。

しかし、生きてるうちに生きてることの意味を考えたところで、北野武がよく例にだす「ポルシェを運転している自分の姿は自分では確認できない」と似たような現象になると思い、だったら、「死」を見つめてみようと思うようになりました。

死ぬことの意味が分かれば、生きる意味も分かるかもしれない。

そこで読んだのが、山田風太郎の「人間臨終図鑑」です。

人生一度切り。全員死亡。例外はない

この本には、古今東西、15歳から100歳以上まで、世界中の著名人約900人の死に際が記述されています。

読んでみて気がついたことは、どんな偉人も例外なく死んでいるということです。

天下統一した織田信長も。裏切った明智光秀も。光秀を倒した豊臣秀吉も、その後に江戸幕府を作った徳川家康も。

伝記を読むのが好きなので、世界中の人の人生を見てきたつもりでしたが、だいたい伝記には、その人物の頂点しか書かれていません。

ここには、人間の最後の部分が生生しく描かれているので新鮮でした。

十人十色の死に際とカサノヴァの事例

人の死に方は、大きく分けて次の7つに分けることができます。

  1. 自殺
  2. 他殺
  3. 死刑
  4. 病死
  5. 戦死
  6. 老衰
  7. 腹上死

文学者・哲学者に多いのが自殺で、坂本龍馬も刺殺されていますが戦前くらいまでは、政治家もかなり他殺されています。

幸徳秋水や大杉栄などのように権力に目をつけられて死刑になった例や、赤穂事件で16歳で最年少切腹した大石主税の例もあります。

病死、老衰、戦死にもドラマがあり、本当に多種多様で興味深いです。

死は平等、死に方は不平等

人はみな平等に死にますが、死に方は不平等です。

善人が無残な死に方をしたかと思えば、悪徳の限りを尽くした悪魔のような男が畳の上で死んでいたりします。

18歳で香港に渡って以来、日本人女性(からゆきさん)を騙しては世界中に売り飛ばし売春婦として働かせた悪人代表、村岡井平次。

莫大な財産を築いた後、太平洋戦争前にビジネス拠点のフィリピンから帰り、敗戦も知らず日本の畳の上で安らかに亡くなりました。

青春を駆け抜けた代表的人物ジャコモ・カザノヴァの死に様

駆け抜けた人生として、特に興味深い、術策家ジャコモ・カザノヴァの例を紹介します。

ジャコモ・カザノヴァは、1725年イタリア・ヴェネチア生まれ。

天文学・化学・数学・古典文学などに深い造詣をもった教養人だったばかりでなく、圧倒的な体力と行動力でヨーロッパ各国の宮廷と社交界を渡り歩いた怪物です。

その様子は「回想録(全12巻)」に描かれており、特に奔放な女性関係で有名で、目の前の快楽のためなら、すべてを投げ打ってでも手に入れたという、徹底した「快楽主義者」ぶりが、熱狂的な信者をもつ理由とされています。

ぼくも、こんなにも青春を駆け抜けて生きた人がいたのか!カサノヴァすごい!と憧れていた一人です。しかし、死に際はかなり悲惨だったようです。

司祭、三文文士、とみくじ屋、スパイ、外交官秘書など、でたらめたな職業につき、ヨーロッパ中を放浪しながら女たらしの生活を送ったジアコーモ・カサノヴァは、六十を超えてから、オーストリアの一伯爵の城の図書係となって、彼の過去を知る周囲の軽蔑のまとになりながら孤独な晩年を迎えた。

その寂寥をまぎらわせるために、彼は痛風に痛む指で、一日十三時間も自分の回想録を書き出した。

一九七九年二月ごろから彼は膀胱をわずらい、六月四日に死んだ。そばにいたのは甥一人だけであった。彼は最後に「おれは哲学者として生きた。そしてキリスト教徒となって死んでゆく」と、自分だけに通用する自己評価をやって眼を閉じた。20p

ここで終わっていたら、過去に栄光があった人で終わるところです。しかし、カサノヴァの怪物なゆえんはここからです。

その回想録の完全な公表は著者の死後百六十年余を経なければならなかったが、しかしひとたび世に出るや、好色で、危険で、堕落漢で、でたらめで、卑劣で、いかがわしく、ふしだらなカサノヴァという男の人間自身、生涯そのものの面白さで、しゃあしゃあと不滅の人物の仲間入りをしてしまった。21p

駆け抜けて生き、惨めに死に、また不死鳥として輝きを取り戻したのです。

転んでもタダでは起きないという言葉はあるけれど、死んでもタダでは死なない!それがカサノヴァなのです。こんな痛快な人物は、900人の中にも、他になかなかいません。

死が特別なことでない以上、生にも意味はない

全3巻、900名以上の死を読んでみて分かったこと、死ぬことに特別な意味はないということです。

もしかしたら、もっと他にも意味があるのではないかと思っていましたが、やっぱり。花が咲いて枯れるのと同じイメージです。

自分は、生に対して期待し過ぎているのではないかと不思議と肩の力も抜けました。理屈は、まだ自分でも言語化できていませんが。

これ以上、うまく説明できない感覚なので、興味がある人はぜひ読んでみてください!










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人生を「ワクワク」に捧げる男。大阪芸大卒後、助成金を得て渡米、ニューヨークで修行。画家のアトリエで居候、色々あってWEB編集者に。新しい働き方の実験として、ストアカでライティング講座開講中。https://goo.gl/yxQJN3 執筆実績:LIG,グノシー,DRONE MEDIA,Drone Agentなど