川村元気の億男は面白い。だが最大公約数的マーケティングでつまらない。

先輩に薦められて、「億男」川村元気を読んだ。

面白いと言う人がたくさんいるのはよく分かる。

宝くじ当選をキッカケに、お金や愛情や友情を見つめ直す旅が始まるという、分かりやすく読みやすいストーリー。実際に、文章の流れもスムーズだ。テレビドラマにしても映画にしても、きっと売れるだろう。

だけど、その読みやすさ、分かりやすさが、ぼくには気持ち悪く感じられた。

「金」「友情」「愛」「旅」など「このキーワード入れときゃ売れるでしょ」的な最大公約数のオンパレードじゃないか。「落語」や「名言」なども、知性的な雰囲気を醸し出す為の演出装置にしか感じられなかった。

作者は、本当にこれを書きたいと思って書いたのだろうか。動機が知りたい。きっと、作者の実体験がもとになっている訳でもないだろう。

どうして。こんなに才能があるのに。

先輩に薦められたものだから、最後まで我慢して読んだけれど、ずっと、作者にバカにされているように感じていた。薄っぺらいテレビドラマを見ている時のような感覚。怒り。

コレが欲しいんでしょ?」と、目の前にシャネルの鞄を投げ捨てられるようなイヤな感覚。いくらシャネルの鞄が欲しくても、そんなことされたら、ふざけんな!と思うもの。

プロデューサーの仕事って、面白い要素を持った物を発見して成分を抽出して、たくさんの人に見てもらえるように調理し直してお出しすることだと思う。

お金をテーマにこれだけ読みやすい物語を作る事でき、しかも売り上げも上げている。これまでの実績もすごい。プロデューサーとしては天才的才能を持った人なのだと思う。だけど、だからこそ勿体ないとも思う。

この人が、本当に好きなことを扱った作品を読みたい。

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現代アート好きドローンライター。日中英で影響力を持つ人物になるべく瞬発力を鍛える日々です。岐阜出身、大阪芸大卒。フィリピンで英語習得後、助成金を得て渡米、NYで修行しました。執筆実績:LIG,グノシー,DRONE MEDIAなど