ニューヨークと日本の現代アートギャラリー根本的違いは広さ

ニューヨーク旅行記 9日目

7月11日(木)

9時起床。

散歩に出かける。今日もあまり天気が良くない。

公園で、サッカーボールを蹴っている、ジェニファー・ロペスみたいな母親と子供の姿が見える。
あんな母親だったら、授業参観とか、楽しみでしゃーないだろうなあ、いいなあと思う。

アメリカ建国ピューリタン達があつまるニューヨーク教会へ

宿に戻ってシャワーを浴びる。

準備をして、教会へ。

ベビーカーに乗っている赤ちゃんと目があう。赤ちゃんが恥ずかしそうに目をそらす。
ベビーカーを押していたお母さんが「この子は、本当にシャイなのよ!」と言う。「ほんとだね。よい一日を!」と言って、笑顔で立ち去る。あ、僕、今、外人っぽい会話してね!?とテンション上がる。

教会に到着する。牧師室で牧師さん一対一で話す。

フィリピンで敬虔なクリスチャン・フィリピーナに出会って以来、キリスト教に興味があること。
それ以来、自分でも聖書を読んでいること。

東日本大震災の時、コミュニティが崩壊し、食料も住む場所もあるのに自殺する人がいたと聞いて以来、人は一人では生きていけない、衣食住整えば生きていられるかというとそうではない、人間的な繋がり、コミュニティが必要だと感じていること。

そういう意味で、キリスト教、教会というコミュニティに注目していること。今、自分はもしかしたら、キリスト教を信じているかもしれないということ。

Knock & door will be opened(叩きなさい。そうすれば、ドアが開かれる)

聖書に出てきた「Knock & door will be opened(叩きなさい。そうすれば、ドアが開かれる)」という言葉に感銘をうけたこと。

それ以来、自分が考えるうる「ドアの叩き方」で、ドアを叩きまくってたら、ニューヨークに来れちゃったこと。

しかも、タダで来たい、なんとかして誰かのお金で来れないかと思ってたら、偶然、ニューヨークで勉強したい人の為の奨学金に巡り合えたこと。しかも、ちゃっかり合格してしまったこと。

僕に、ありとあらゆるものが欠落しているけれど、そのせいで、嫌な思いもいっぱいするけど、でも、運だけは良いと思っている。

なんでかはよく分からない。

だからこそ、そういう時に、「あ、何か、人智を超えた存在に導かれているのかもしれない。」と感じる。

ただ、こういう運が良い時、物事がうまく言っている時には「神様、ありがとう!」と思えるのだけれど、例えば、自分の友達が事故で亡くなるとか、誰かに裏切られるとか、

物事がうまく行っていない時にでも神様を信じられるかというと、そうではないから、そういう意味では、僕はキリスト教の信者ではないと考えていることを伝える。

しかも、何かが起きた時、「これも何かの縁だと思う。」と、あきらから仏教の”縁起”の考え方が自分の中にあること。それと同時に、なんだかよくわからにけれど、「何故かここにる。」とも感じること。

と、いう、自分でもメッチャクチャなこと言ってんなあ。と思う話を牧師さんにぶつける。

牧師さん、最終的に「信じるか信じないかはあなた次第です。」と、アレ、どっかで聞いたことあるくね?と言う言葉を僕にあたえる。「でも、これも何かの導きなんじゃないかな。」だって。

まあ、それはまあ、僕がどーこーしてどうにかなる問題じゃないだろ。あとは神様、よろしく!と、教会を去る。

メキシコ料理屋「チキン・タコ」を注文

昼食を食べるために、メキシコ料理屋に入る。「チキン・タコ」を注文する。2ドル60セント。マックより安くて、しかも、美味い。こんな料理があったのか!と驚く。あまりに美味しかったので、今度は「チリ・タコ」を注文する。1ドル80セント。

ニューヨーク公共図書館へ向う。

会社のガラス窓から見える受付の後に、でっかいアート作品がかけられている事にきがつく。

日記を書く。再び、さっきのメキシコ料理屋に行く。「チキン・ライス」を注文する。3ドル
美味い。コーラが飲みたくなったので、コーラも注文する。美味い。メキシコ料理もアリだな。安いし。と思う。

日本とニューヨークのギャラリーの根本的な違いは広さ

現代アートギャラリーに行く為にチェルシーへ向う。

日本のギャラリーと、ニューヨークのギャラリーの根本的な違いは、土地の広さである事に気がつく。

こっちのギャラリーで、一つの作品に与えられているスペースが、日本の美術館レベル。

当然、そんなに大きなスペースに作品を展示することになったら、その空間を支配するだけの強度をもった作品が必要になるから、作品のクオリティも上がる。

オープニングレセプションに参加する。

ギャラリーの前に、楽器隊、DJ、三脚を持ったカメラマン、トラック屋台が突如現れる。お客さんも溢れ、音楽が流れ始め、チューバを吹く男がいて、屋台から香ばしい匂いがする。テンションが上がる。

この雰囲気、どこかで感じたことあると感じる。あ!花火を見に行く時のような感覚。みんな、楽しそう。

これが、たかがアートギャラリーのオープニングか!?しかも、こんなにも人がくるのか!?。と驚く。
子供がいる。赤ちゃんもいる。え、しかも犬まで!!えええ!!

しかも、来場者全員にビールがくばられている。タダで酒が飲めるからってギャラリーに来る人もいるらしい。それでも、ギャラリーに人がこれだけ来るならスゴイなあと感じる。タダでも来ない、そんなギャラリー腐るほどある。

眼鏡を通して中を覗く作品の前で、白人の少年とはちあう。「どうぞお先に。」と言われる。
せっかく譲ってもらったので「ありがとう」と言って見る。見る終わった「どうぞ」と眼鏡を渡すと「ありがとう」と言われる。

当たり前の事をしただけなのに、何だろう、この喜びは。なんて紳士なんだろう、この少年は。もうこの年で。と、人間的な度量の大きさというか、教養の差、みたいなものを感じる。

チェルシーのギャラリーは、日本でいう銀座のギャラリーみたいな感じだと気づく。とにかくちゃんとしてる。金かかってます!って感じ。

ニューヨーク・マンハッタンではトイレ借りるの困難

ニューヨークでは、トイレを見つけるのは難しいことに気がつく。逆に、そこらじゅうにゴミ箱があるから、ゴミを捨てるのは簡単。

映画でも見ようかと映画館を探す。も、道に迷って迷子になる。暗くなってきて焦る。
仕方がないので、タイムズスクエアを目指してあるく。タイムズスクエアから、地下鉄に乗って宿に戻る。

途中、黒人のおばさんに「ココに行きたいんだけど、どう行ったらいい?」と地図を片手に聞かれる。

分かんなかったので「ごめんなさい。分かりません。」と言う。駅員がいる場所まで連れてって、サイナラ―、と言う。外人に道を聞かれるとは!と、ちょっと嬉しい気分になる。るるる。道を聞かれたら、パッとドヤ顔かまして答えられるようになりたいと思う。

ゲストハウス、ムーンパレスに戻ってシャワーを浴びる。

シャンプーの苺の匂いが半端ない事にきがつく。
こんなトコで食欲刺激してどうするんだ。と思う。

アートギャラリーでもらってきたフライヤーを整理して、12時就寝。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

現代アート好きドローンライター。日中英で影響力を持つ人物になるべく瞬発力を鍛える日々です。岐阜出身、大阪芸大卒。フィリピンで英語習得後、助成金を得て渡米、NYで修行しました。執筆実績:LIG,グノシー,DRONE MEDIAなど