プルーヴェをMoMAに寄贈した日本人とニューヨーク家具屋巡り

ニューヨーク旅行記 80日目

9月21日(土)

家具好きの宿のオーナーさんに、家具屋を案内してもらう。

どの家具も良い。どの家具もいいから、どの家具も欲しいなあと感じる。

でもふと、ここにあるものをわざわざ買う必要ってあるのかなと疑問に思う。

ここに来ればいつだって見れるのにそんな事する必要ってあるのか。どうしてそれが自分の家にないといけないのか。

どうして家具が自分の家にないといけないのか

自分の家にないと「これいいだろ!」って友達に実際に見せれないだろ。お店に連れていけば見せることはできるけど。

でも、もし友達に「いいね!」って言われた時に「じゃあ、あげる。」って言えないだろ。なんで「あげる。」って言えなきゃいけないのかはよく分かんないけど。

でも、いくら自分が良いと思っても、誰かに見せたり、あげたりしないとつまらない気がする。なんでって、え。なんでだろう。

どんどん良いものが色んな人のところを旅していったら色んな人が良いものを見れるし、その動き自体もなんか面白いと思う。

パスパスパスパスパス、ゴールはどこなのか分かんないけど、とりあえずパスし続けている事が重要だと思う。なんでって、え。なんでだろう。

パス出し続けてたら、自分の所にもパスが回ってくるような気がする。そんな気がする。から、じゃないだろうか。かかか

依存症は何とかしたほうがいい。生活を見直そう

お酒を飲まなきゃやってらんない。とか、煙草を吸わなきゃやってらんない。とか、絵を描いてなきゃやってらんない。

とか、何かをしていなければ普段の生活がまともに送れないって、なんだか色々見直した方がいいと思う。

大きなお世話だよ、っていう話なんだけれど。だってそれって、なんだかとても不健康で辛い人生なんじゃないかと思ってしまう。

「私の勝手でしょ!」って話だし、だったらお前がなんとかしろよと言われると、えー、僕に関係ないじゃん。と思うんだけど。

いやはや。何が言いたいのだろう。

ニューヨークでずっと流れていた日本の音楽

ニューヨークで生活をしてもうほぼ3ヶ月。

ちょうど一週間後には日本に帰る日になっている。日本食を食べなくても日本語をしゃべらなくても全然平気なのだけれど、日本の音楽だけは定期的に聞きたくなってしまう。

今もずっと頭の中でブランキージェットシティの「青い花」が流れている。

一番頭の中で流れるもの、その勢いで口ずさむのはブランキージェットシティの曲が圧倒的に多い。

他にも覚えているだけでも、エレファントカシマシの「風に吹かれて」、ブルーハーツの「情熱の薔薇」、中村一義の「キャノンボール」、斎藤和義の「歩いて帰ろう。」、ポルノグラフィティの「幸せについて本気だして考えてみた」、8ottoの「1977」、尾崎豊の「僕が僕であるために」、ハナレグミの「サヨナラCOLER」をニューヨークの街の中で口ずさんだ記憶がある。

ニューヨークにいるのだから、ニューヨークの歌を歌えばいいのに。ね!ああ、でもやっぱ、日本の音楽っていいなあ。いいなあ。なんでかなあ。ブランキーかっこいいなあ。いいなあ。いいなー。俺達の国境は地平線さ!

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現代アート好きドローンライター。日中英で影響力を持つ人物になるべく瞬発力を鍛える日々です。岐阜出身、大阪芸大卒。フィリピンで英語習得後、助成金を得て渡米、NYで修行しました。執筆実績:LIG,グノシー,DRONE MEDIAなど