個性、カリスマ、才能。ニューヨークでは考えるだけ無駄

ニューヨーク旅行記 73日目

9月14日(土)

ずっとカリスマとか何とか、そういう圧倒的な個性みたいなものに憧れていたけれど、
ふと、その人がいないと回らないとか、すぐ駄目になってしまうようなシステムって実はあんがい駄目なんじゃないかと感じる。

風邪ひいたらどうするの。病気になったらどうするの。「私は風邪ひかないから。プロだから。」って、どうしてプロは風邪をひかないの。

風邪ひいちゃだめだから風邪ひかないの。風邪ひいていいよ。って言われたら風邪ひくの。

なんだかそう思うと、今まで憧れてきた人たちが、あんまり羨ましくもなんともないような気がしてくる。

有名人は私生活を切り売りしているようで切ない

有名人のブログを見たりすると、私生活を切り売りしているようで何だか切ない。別にいいけど、それでいいの?という。

そういう風に思う。
何でこんなことを思うのかまったくよく分からない。おそらくはただの嫉妬だと思う。

ニューヨークにいると個性とか何とかって、くだらない。みんな絶対的に、違っている

ニューヨークにいると個性とか何とかって、くだらないことだなあと思う。みんな絶対的に、違っているじゃないか。って言う事がよく分かる。

個性的にしようとしているから個性的なんじゃなくておそらく、なんかそんなこと考えなくても何となく皆に認めてもらえたりするような仕組みがあるんじゃないかと思う。証拠がないからよく分かんないのだけれど。

個性を切り売りして生きるというのは何とも虚しい。

自分って一体どういう人間なんだろう。とか何とかそんなことを考える前に、いま目の前にいる何を考えているかよく分からない他人と、どううまく折り合いをつけようか。

そういうことを考えて行く方が気分よく生きられるようになるのではないかと思う。個性とか何とかってほんと、くだらない。あ。

何が言いたいのかサッパリ分からない。

クラブに行った。

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現代アート好きドローンライター。日中英で影響力を持つ人物になるべく瞬発力を鍛える日々です。岐阜出身、大阪芸大卒。フィリピンで英語習得後、助成金を得て渡米、NYで修行しました。執筆実績:LIG,グノシー,DRONE MEDIAなど