ニューヨーク。アメリカを作ったキリスト教徒に学ぶため教会へ

ニューヨーク旅行記 5日目

7月7日(日)

9時起床。

散歩にでかける。
相変わらず、天気が良くて気持ちが良い。

20分ほど宿のまわりを歩く。
宿に戻りシャワーを浴びる。

ヒゲが伸びてきたけど、常にドヤ顔・ベートーベンの外人と渡りあうためには、せめてヒゲくらいないとインパクトが薄いかもしれないと思い、剃るのをやめる。

ヨーロッパ迫害を逃れたキリスト教徒が作った国アメリカ

準備して、教会に向かう。

キリスト教に出会ったのは、フィリピンで生活していた時。別に、キリスト教を信じている訳じゃなく、フィリピーナの敬虔さに触れ、それ以来興味を持っている。

僕の大好きなフィリピーナがそこまで愛するものなら、きっと何かがあるに違いないという。自分でも聖書を読んでみたり、キリスト教について調べて行くうち、アートを理解するには、キリスト教の知識が必須であるということも知った。

アメリカはもともとヨーロッパから逃れてきたキリスト教徒たちが作った国だし、そういう特殊な場所で、キリスト教を学ぶのはとても意味のあるはずだと思いで行ってみた。

目が大きいと、見える世界もちょっとだけ広いのか

電車の中で、真正面に座っている黒人の少女と目があう。

なんてデッカイ目なんだ、と驚く。目が大きいと、見える世界もちょっとだけ広いのかもしれない。僕なんか「おい、寝るな!授業中や!」と言われちゃうくらい目が細い。起きてるのにいいなあ、いいなあ、いいなあ。

黒人の少女が、ベビーカーに乗ってる赤ちゃんを指差して「私も赤ちゃんが欲しいわ。」と言う。
なんだかもう、あぁ、可愛くて可愛くて、微笑ましい気分になる。ニューヨークの駅には駅員がほとんどいない事に気がつく。

ほふく前進でゲートに忍び込んだり、同じメトロカード(切符)で家族みんなゲートを通ったりと、やりたい放題やってるニューヨーカーたちの奔放さに感動する。

駅から降りて、教会に向うも、またまた道に迷う。結局、迷いに迷って4時間、とっくに礼拝の時間が終わる。どうしてこうも僕は道に迷うのだろうと、泣きたくなる。

目的地があるから迷うんだなあinニューヨーク

ふと「目的地があるから迷うんだなあ。」という相田みつを的な言葉が頭に浮かぶ。

目的がなかったらそもそも迷う事もないもんな、迷うってことは目的があるってことだから、素晴らしいことだ!と謎の自己弁護をしてみるも、ああ。ああああああああ

なんとかして教会に到着する。

残っていた台湾人のオバサンと話をする。顔も似ているし、なんだか親しみが湧くから、話しやすい。旦那さんが牧師さんで、自信はジュエリーのデザイナー、1週間前にカリフォルニアからやってきたのだと聞き、テンションが上がる。カリフォルニアからニューヨークとか!!

来週の礼拝には遅刻しないよう約束する。

昨日のリベンジを果たすために中国レストランへ

昨日のリベンジを果たす為に、チャイニーズレストランに行く。今回の店員さんは、優しそうなお姉さんだったので一安心する。何度も「ライスはついてる?」と確認して注文を完了させる。しつこすぎたのか、ちょっと怪訝な顔をされる。

注文した料理が出てくる。マクドナルド並に調理スピードが速くて驚く。中身をみると、ちゃんとご飯が入っていてホッとする。白飯を頼んだはずなのに、何故か、茶色いご飯が入っているのは、まあ良しとする。

全ての野菜の切り方が雑で、中学の調理実習で作った料理を思い出す。あぁ、これが、チャイニーズか、としみじみ思う。思ったより量が多くて戸惑う。脂っこくて、コーラが飲みたくなる。耐えきれなくなって、途中で帰る。中国4千年の歴史の重みを、胃をもって体感する。

インド人の親子、母と娘の口論の現場に遭遇

ニューヨーカーは信号を守らないことに気がつく。

帰りの電車で、インド人の親子、母と娘の口論の現場に遭遇する。遺産相続の問題でも論じているのかという位の迫力で、驚く。

席から立った時初めて、その娘がまだ小学生くらいの背丈の女の子だと知る。インド人・・・インド人だわ。インド人に喧嘩を売るのはやめようと密かに決心する。

22時に宿に戻り、シャワーを浴びる。
新しくきたアパートの管理人のお姉さんと話をする。

0時ちょっと過ぎ、ああ!もうこんな時間か!と焦りながら就寝。

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ABOUTこの記事をかいた人

現代アート好きドローンライター。日中英で影響力を持つ人物になるべく瞬発力を鍛える日々です。岐阜出身、大阪芸大卒。フィリピンで英語習得後、助成金を得て渡米、NYで修行しました。執筆実績:LIG,グノシー,DRONE MEDIAなど