現代アート最先端ニューヨーク、チェルシーでも主流は絵画作品

ニューヨーク旅行記 23日目

7月25日(木)

現代アートギャラリー巡りをする為にチェルシー地区へ。

現代アート最先端の地ニューヨークでも主流は絵画

作品を見れば見るほど、アートって何なんだろう。と訳が分からなくなり笑えてくる。

これだけ表現方法がたくさんあるのに、やっぱり一番多いのは絵画作品である事に気がつく。現代アート最先端の地、アメリカ・ニューヨーク・チェルシーでさえそうなのかと驚く。

言語の政治性、英語は絶対的優位

ふと、英語を話さなければ英語圏で仕事ができない、というのは、アンフェアなのではないかと疑問に感じる。

だって、別に英語が言語的に優れているから英語がグローバル言語として選ばれている訳じゃない。

たまたまアメリカが戦争にも勝ったし、今もアメリカが世界の中心として存在しているから、非英語圏の僕たちは、英語を学ぶだけ。

極端な話、英語がしゃべれないとお金が稼げない、生きていけないから英語を学ぶ。それだけ。

僕の場合は、言語学習自体が冒険みたいで楽しいから、あんまり苦にならないんだけど、

よく考えると、英語圏で生まれた人は、生まれた時から一つのアドバンテージを持っている訳で、それはなんだか、とても不公平なことだと思う。

英語もスペイン語もしゃべれるのに、飲食店でレジ打ちしている人たちがいる事に気がつく。言葉がしゃべれても、価値を生み出せないのなら全く意味がないのかもしれない。

逆に価値さえ生めれば、言語の問題は通訳を雇えば済む話。大事なのは、英語を話すことよりも、価値を生み出すことだと思う。

っていうかそもそも、どうして、僕たちは、それぞれ違った言語を話すのだろう。

韓国人アーティストの作品が展示されているギャラリーに入って、その盛況ぶりに焦る。なんでだろう。いてもたってもいられない。

ずっと仲間だと思っていた友人が、童貞を喪失した時の焦りに似ているのかもしれない。輝かしく活躍している韓国人たちを見て、唇を噛む。

ニューヨーク公共図書館で英語絵本を読む

このままでは!と、ニューヨーク公共図書館に移動。

23時まで、絵本を読んで英語の勉強。

こんなことをしていて本当に意味があるのだろうか。と疑問に感じる。語学って、そもそも、絵本で学ぶものじゃないだろう。喋れるようになりたいなら、喋れよ。と、これからは、積極的に英語でしゃべる場所に飛び込もうと決心する。

夜、なかなか眠くならない、単純に、疲れていないからだという事に気がつく。もっと、昼間に、疲れるような行動をしよう。

ゲストハウス、ムーンパレスに戻り、シャワーを浴び、英語の勉強にと英語版聖書の朗読を聞きながら、2時就寝。

※おまけ⇒福岡伸一さんの著書「生物と無生物のあいだ」の、ニューヨークに関する場面の朗読※

ABOUTこの記事をかいた人

現代アート好きドローンライター。日中英で影響力を持つ人物になるべく瞬発力を鍛える日々です。岐阜出身、大阪芸大卒。フィリピンで英語習得後、助成金を得て渡米、NYで修行しました。執筆実績:LIG,グノシー,DRONE MEDIAなど