死んだら人生終わりなの?フィリピン人のお通夜に参加した話

イロイロ市内を観光中、人が死んだ後の世界について考えるキッカケとなる不思議な体験をしたので紹介します。

「死んだら終わり」なのだろうか。

教会を巡っている途中で、小さな別館の建物の中に入りました。

中には数人のフィリピン人がいて、部屋の奥正面に四角く長細い物がありました。

「なんだろう?」と思って近づいてみて見ると、白い衣装を着たおばあさんが眠っていました。

しまった!

吹き出る冷や汗を感じるのと同時に後ろから

「彼女のお知り合いですか?」

と尋ねる声が聞こえました。

どうやらぼくは、フィリピン人女性のお通夜の会場に入ってしまったのです。

言葉に詰ったのですが、正直に「今は教会を巡っているところで、何の建物か分からなかったの興味を持って入ってきました。」と説明をしました。

すると、親戚と思われる女性が笑顔で

「彼女は、生前、とてもフレンドリーな人でしたから。」

と前置きをした上で、もう一度眠っている彼女に話かけてほしい。あなたに会えた事をとても喜んでくれると思う。彼女が喜んでくれることが、私たち親戚一同にとっても一番嬉しいことです。と教えてくれました。

そう言われてもう一度、彼女の穏やかな表情を確認した時、本当にフレンドリーな人だったんだろうなあ、すごいなあ。と感動して涙がこぼれ落ちそうになりました。

果たして自分が死んだ後、残された遺族は、こんなにもおおらかな態度で他人に対して振る舞えるだろうか。しかも、ふらっとやってきた名前も知らない外国人に対して。

彼女の生前のフレンドリーさは、1人の人間の生命活動の期間を超えて目の前の女性の中で生きている。

そしてぼくは今、まるで彼女自身と対話しているかのような気分になっている。

そのとき、人間は死ぬことで物質的には無くなってしまうけれど、意思や感情や振る舞いは、残された人の生命を巡り巡って生き続けて行くのだと言う事に気がつきました。

お土産にいただいたフルーツとお菓子

ABOUTこの記事をかいた人

現代アート好きドローンライター。日中英で影響力を持つ人物になるべく瞬発力を鍛える日々です。岐阜出身、大阪芸大卒。フィリピンで英語習得後、助成金を得て渡米、NYで修行しました。執筆実績:LIG,グノシー,DRONE MEDIAなど