嫌われる勇気を持つ前に!そもそも”人を嫌う”とは

嫌われるの大好き!なんて人は、この世に存在しません。

もしいたら、よっぽど変な人です。

しかし、人は、どうして嫌われることを恐れるのでしょう。

そして、そもそも「嫌う」とは、どういうことなんでしょうか。

嫌いの原因=相手が自分の期待に応えてくれないこと

哲学者・中島義道「ひとを嫌うということ」によれば、人が人を嫌う理由は大きく分けて8つです。

  1. 相手が自分の期待に応えてくれないこと
  2. 相手が現在あるいは将来に自分に危害(損害)を加える恐れがあること
  3. 相手に対する嫉妬
  4. 相手に対する軽蔑
  5. 相手が自分を「軽蔑している」という感じがすること
  6. 相手が自分を「嫌っている」という感じがすること
  7. 相手に対する絶対的無関心
  8. 相手に対する生理的・観念的な拒絶反応

ほぼすべての「嫌い」の原因は「相手が自分の期待に応えてくれないこと」です。

例えば親子関係の場合、親は子どもに「良い子であってほしい」と期待します。子どもは親に「認めてほしい」と期待します。

しかし、子どもとしては、いつも良い子でいるわけではないし、親としても、いつも認めてあげられるわけでもない。

この期待からの”ズレ”が「嫌い」を引き起こすのです。

嫌われる人種の筆頭「空気が読めない人」は、どうでしょう。

彼らは「空気を読んで目立つ行動はしないでね。」という皆からの期待をことごとく裏切ります。

結果は、もちろん。→嫌われてしまいます。

全ての「嫌い」は他人に対する「期待」から生まれる

人は、理不尽な理由で、他人を嫌います。

例えば恋愛においては「清廉潔白だから」「上品だから」「努力家だから」という理由で好きになったのに「バカ正直だから」「上品ぶってるから」「ガリ勉だから」と嫌います。

その裏にある目的は、自己保身です。

好きになり結果的に失敗した原因は自分にはない。悪いのはあなたです!と全てを相手のせいにすることにより、罪悪感から開放されることができます。

嫌うこと=逃れられない


「嫌われる勇気」という本がベストセラーになり、嫌われる勇気を持とう!という風潮があります。

しかし、そもそも、あえて「勇気を持とう」と叫ぶということは、それだけ「嫌う」ということが持つパワーは脅威的だということです。

今日は、その「嫌う」ことの本質を考えてみました。

さいごに

食欲、性欲、睡眠欲を悪として完全に切り捨てることがナンセンスなように、人が期待を完全に無くすことは不可能です。

つまり、嫌い、嫌われることからは避けられないということです!

ああ!気が滅入ってきました!!

だけど、自分だって理不尽に人を嫌うのだし、理不尽に嫌われても仕方がないかも!

なんて、理屈では割り切れないのが悩みどころです。

ABOUTこの記事をかいた人

現代アート好きドローンライター。日中英で影響力を持つ人物になるべく瞬発力を鍛える日々です。岐阜出身、大阪芸大卒。フィリピンで英語習得後、助成金を得て渡米、NYで修行しました。執筆実績:LIG,グノシー,DRONE MEDIAなど