美大生にしか持てない刀がある。武蔵野美術大学卒リリー・フランキー

http://www.maujin.com/2012/archive/lily_franky/

自分は特別な人間だ。

そう信じて疑わず、岐阜県の普通科高校から一人だけ美術系大学に進学した。

社会人になり、歳を重ね、自分は全然ノーマルな人間だということを思い知らされる辛い日々だ。もしも当時の自分に今、出会えるとするならば「アホか!勘違いするな!」と叱りたい。

だけど、勘違いを勘違いだと片付けず「もしかしたら・・・」と、周りに美術系の人間なんか一人もいなかったのに、一歩踏み出した、その好奇心と勇気だけは認めてあげたい。

美大生にしか持てない刀がある

そんなもん、あるのかよ。と、大阪芸大卒業の自分でさえ思う時がある。負け惜しみにさえ聞こえる。

高校の同級生たちは、ちゃんとした大学に進み、ちゃんとした企業に勤めた。奥さんも子どもいる人も多い。

羨ましい。普通にみんなと一緒にしておけば良かったのかなあ、と思うこともたまにある。

けれど、そんなことがしたかったのか、違うだろう!と考える。

だって「もしかしたら・・・」と今でも信じている自分がいるではないか。

もしかしたら見えないだけで、既に刀を持っているのかもしれない。

一歩踏み出した、っていうか、踏み外してしまった18歳の自分を裏切らないためにも、刀狩りされてる場合じゃない。

これからもなんとか生きていこうと感じるインタビューでした。

“いつもモヒカンのパンク風なお姉さんが勝手に家に来て寝ちゃうんですよ。当時の俺は童貞だったから怖かったですね(笑)。いつも革ジャンを着ていて、その下は常に下着なんですよ。そして、いつも酔っぱらいながら家に来るんですが、あるとき町のおじさんとケンカして、頭から血を流しながら俺の家に来て寝ていたんです。今だったら、かわいい20代前半の女性として接することができるんでしょうけど(笑)。”

“中学から美術の専門高校に進学したときも、ムサビに進学したときも、動機は同じようなものでした。高校進学の頃はなんとかこの田舎から出て行きたいと考えていたし、大学進学の理由もただ東京へ行きたかったから。どちらもその手段が進学だったわけです。”

“当時のムサビはそういう学生がいっぱいいたのですが、就職しなかった学生はほとんどいなかったですね。俺は全く就職する気がなかったので、そんな同級生たちを見て寂しさを感じていました。元々「画家になるんだ」「芸術家になるんだ」と言っていたのに、就職が決まって一喜一憂している姿には違和感を感じていました。”

“ムサビ時代に何がプラスだったかと言えば、やはり考える時間が多かったことですね。毎日大学へ行き、いろいろなことを考えたり語り合ったりしたことが、今の自分の基礎になったし、その後の無職で過ごした5年間で熟成させていったような気がします。”

“それでも就職しようとは思っていませんでした。みんな、大学4年生になると自分が何をやりたいか分からないうちに就職活動が始まり、決まった就職先で自分のやりたかったことと、実際に獲得したことをすり合わせていますよね。それは当たり前のことかもしれないけど、本当にそれでいいのかしっかり考えるべきだと思います。”

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現代アート好きドローンライター。日中英で影響力を持つ人物になるべく瞬発力を鍛える日々です。岐阜出身、大阪芸大卒。フィリピンで英語習得後、助成金を得て渡米、NYで修行しました。執筆実績:LIG,グノシー,DRONE MEDIAなど